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#1【堤 龍馬】聴覚障害を持った彼が陸上競技に出会い、現在に至るまで

#1【堤 龍馬】聴覚障害を持った彼が陸上競技に出会い、現在に至るまで
text by KOHEI NIYAMA

 本日から3回に分け、昨シーズンUACAに加入してくれた堤選手を特集・インタビューして参ります。堤選手は、青森出身で現在は、神奈川県に住んでおり、神奈川県からUACAの選手として活動していますが、実は彼自身生まれてから耳が聞こえないという障害を持っています。

 1回目の本日は、堤選手がどのように陸上競技というスポーツに出会い、現在までの陸上競技の取り組みを聞いていきます。


写真:堤 龍馬選手

ーーそれでは、本日はよろしくお願いします!!

はい、よろしくお願いします!!

ーー陸上競技を始めたきっかけから現在までの陸上競技の取り組みへの取り組みを教えてください

まず初めに、私自身のお話なのですが。私は、生まれつき耳が聞こえません。

なので、聾学校という特別支援学校に通ってました。

小学校5年生から部活に入らなければならないというルールがあったんですが、

運動が嫌いでして、特に陸上競技が嫌いでした。

どのぐらい嫌いだったかというと、、、

「陸上とは一生関わらん!!!」

って言うほど本当に嫌いでした(笑)

しかし、通ってた聾学校には陸上競技部しかなく、ルール上で仕方なく陸上競技部に入ったというのがきっかけです。

当時は短距離やってました(笑)

ーーそうなんですね!!!? いつから砲丸投をやられているのですか?

今のメイン種目は砲丸投なんですけども、中学校1年生で春季大会に出場する種目に悩んでたところ、顧問の先生からは

「体格いいし、瞬発力あるから、砲丸投やってみたら?」

という理由で砲丸投を始めました。

ーー種目を決めるのは、自分自身の意思の決定も大事だと思いますが、指導者の意見も大事ですね。

そうですね!

中学校1年生で、新人戦の地区大会で3位になり、県大会の出場権を得ると、県大会では5位という結果を残したことで、「陸上競技なら健常者に勝てるんじゃないかな?」と思うようになり、陸上競技を続けていく上での自信がつき、今も続けている理由のひとつとなってます。

ーー学生時代、印象に残っている試合ありましたら教えてください!

…心に残ってる試合がひとつあります。
高校3年生の全国聾学校陸上(聾学校のインターハイ)で2連覇達成することができました。
ですが、2連覇したことよりも、自分の試合を見てくれる人、応援してくれる人がたくさんいて、「陸上競技をやって良かった」って改めて思いました。

写真:学生時代の堤選手


ーー2連覇ってすごいですね!

ありがとうございます。

砲丸投は、花形の100mと比べるとマイナーなので、見てくれる人もあまりいなかったんですが、その試合だけは、友達や先輩が沢山来くれて、すごく嬉しかったです。

ーー普段はどのような練習を行なっているのですか?

社会人となり、

社会人1年目は、仕事で忙しく練習できない状況でしたが、去年転職(神奈川県に移住)したことで、練習時間を確保できるようになりました。

神奈川に行った理由は、陸上競技をするために転職したからです。
元々は自動車関係の仕事をしていましたが、練習が全くできずこのままじゃいけないと思い、転職しました。

主な内容は、砲丸の技術系ドリルを中心にやっており、ダッシュ系や跳躍系はあまりやってませんでした。

なお、後ほど詳しくお伝えしますが、今シーズンは試合には出ず、身体の基盤作りという位置付けで日々、練習を行なっております。

写真:堤選手のトレーニングの様子

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