「スタートで置いていかれる」「最初の10mをもっと速くしたい」。そんなとき、まず筋力をつけようと考える選手もいると思います。筋力は大切な要素ですが、10mのタイムだけで、何が足りないかまでは分かりません。
同じ選手でも、時計の動かし方やスタートの構えによって記録は変わります。まず確かめたいのは、測り方、合図への反応と構え、遅れる区間、疲労や痛みです。今回は、そこから次に取り組む練習を選ぶまでの考え方を整理します。選手自身が課題を言葉にするときや、保護者とコーチが練習について話すときの手がかりにしてください。

まず時計の始まりを確かめる
「10mを何秒で走ったか」を比べる前に、どの瞬間から時間を測ったかを確認します。号砲からなら、合図を受けて動き始めるまでの時間も含まれます。映像の初動からなら、その前の時間は含まれません。開始ゲートを通過してからなら、ゲートに届くまでの動きは計測時間の外にあります。

Haugenらの研究では、男女25名が異なる開始姿勢と計時方法で40mを走りました。号砲によるブロックスタートに比べ、手を離して計時する条件は平均0.17秒、立位で光電管を使う条件は平均0.27秒短い結果でした。ただし、姿勢や計時のきっかけ、開始時の動きも異なります。この差を、そのまま反応時間や別の選手の補正値にすることはできません。Haugenら 2012
練習では「号砲から10m」「映像で確認した初動から10m」など、記録に開始条件も添えます。距離・靴・路面・休息に加え、開始位置、構え、機器の作動条件をそろえると、前回との比較がしやすくなります。通常の動画で見える初動と、競技用の装置が力の変化から判定する反応時間も、同じ測定とは限りません。
どの区間に差が出ているかを見る
測り方をそろえたら、0〜10m、10〜20m、20〜30mなどに分け、本人の普段の記録と比べます。最初の10mだけが普段より遅いのか、その後も速度が上がりにくいのかで、次に確かめたいことは変わります。
ここで、最初の10mが次の10mより遅いこと自体を弱点と考える必要はありません。止まった状態から走り出す区間は、すでに速度がある区間より時間がかかります。また、10mごとの区切りは観察のための目安で、全員の身体の働きが同じ地点で切り替わるわけではありません。
Colyerらは男性陸上競技者28名の加速中の最初24接地を分析しました。前後方向の力と、その接地で発揮された水平パワーとの関連が現れる時間帯は、加速が進むにつれて変化していました。加速全体を一つの動きや一つの弱点で説明しないための材料になります。ただし、選手間の関連を調べた研究で、特定の声かけやドリルによる改善を確かめたものではありません。Colyerら 2018
筋力と走るときの力の発揮を分けて考える
走って加速するときは、地面から身体へ働く前向き・後ろ向きの力を考えます。この前後方向の力を、向きを区別して接地中の時間にわたって足し合わせたものが「正味の水平力積」です。力の大きさだけでなく、方向や力を出す時間も関わります。ただ長く押せばよい、接地を短くすればよいと、一つの数字だけで決めることはできません。
筋力を測るテストと、走る中で力を発揮することにも違いがあります。筋力は土台の一つですが、足の位置や姿勢、動作への慣れが変われば、同じ選手でも出せる結果は変わります。映像から姿勢の違いは観察できても、それだけで水平力積や筋力不足を直接測ったことにはなりません。
その例がブロック設定です。Cavedonらは、地域・全国大会水準の短距離選手42名を対象に、普段の設定と脚長に基づく設定を同日に比較しました。平均10mタイムは2.07秒から2.03秒へ変わりました。筋力トレーニングを追加していない比較でも、構える条件によって力の発揮や成績が変わった例です。Cavedonら 2019
一方、この結果だけで全員の設定を統一することはできません。普段のブロック間隔が狭い集団での比較で、長期的な定着や100m全体の改善は確かめられていません。「筋力を鍛える必要がない」という結論でもありません。まず設定で変わる部分を確認し、それでも残る課題を、体力の評価や練習歴と合わせて考えます。
ブロックをまだ使わない選手なら、立ち方や合図への慣れも確認点になります。年齢や経験が違う選手へ、研究の設定値や練習量をそのまま当てはめず、指導者と相談して扱います。
同じ結果にも複数の説明を残す
例えば、同じ条件で測っても0〜10mが普段より遅く、10〜20mは普段の範囲だった選手を考えます。「最初に力を出す能力が足りない」だけでなく、構えが合っていない、疲労が残っている、速く足を動かそうとして動きが変わった、といった説明も残ります。
ここからすぐメニューを増やすのではなく、今ある情報で確かめやすい候補を一つ選びます。設定を変えるなら設定、声かけを変えるなら声かけ。いくつも同時に変えると、良くなった場合も何が関わったのかを振り返りにくくなります。
架空の例で比較と判断を考える
ブロックに慣れた選手Aが、普段の設定と小さな設定変更を比べる場面です。以下は考え方を説明するための架空の数値で、実在する選手の記録ではありません。両条件とも、映像で同じ基準の初動を決めて計時し、距離の基準点も同じとします。
普段の設定
0〜10m 2.15秒 / 10〜20m 1.25秒 / 0〜20m 3.40秒
変更した設定
0〜10m 2.11秒 / 10〜20m 1.30秒 / 0〜20m 3.41秒
変更した設定は最初の10mで0.04秒速く、次の10mで0.05秒遅い結果です。10mだけを見れば良くなったように見えますが、20mまででは短縮していません。だからといって、この2本だけで設定変更が悪かったとも判断できません。普段のばらつきや疲労、試す順番の影響が分からないためです。また、10mの通過時刻の読み取りがずれると、前半と後半の区間タイムが逆方向に変わることもあります。まず映像と通過の判定基準を確認します。
この段階で残せるのは、「前半と後半で違う変化が見えた。もう一度、同じ条件で確かめたい」という課題です。0.04秒を、全員共通の『意味のある改善』や『誤差』と決めることもできません。使う機器と手順、本人の繰り返しの記録から判断します。
次の練習ではこう比べる
以下は、ブロックに習熟した選手が、指導者の管理下で普段のスタート練習に組み込む比較例です。初心者や成長期の選手に、この本数や距離を一律に勧めるものではありません。
1 何を良くしたいか先に決める
主に見るのは初動から10mまでの時間。合わせて10〜20mと20mまでの時間、本人の構えやすさを確認します。結果を見てから、都合のよい指標へ目標を変えないようにします。
2 通常の記録と条件を残す
開始姿勢・足位置・計時起点・機器・靴・路面を記録します。普段から別の日も含めて同じ条件で複数回測り、どの程度ばらつくかを把握しておきます。疲労や痛みがある日は、比較の前提を見直します。
3 変える条件を一つに絞る
例えば前側ブロックの位置だけを小さく変え、後ろ側の位置や角度、声かけは変えません。ただし、この操作では前側の位置と前後の間隔が同時に変わります。前脚だけの効果を切り分ける比較ではありません。指導者と安定して構えられることを確認してから比べます。研究で使われた脚長の割合を、そのまま正解として採用する必要はありません。
4 試す順番と回復をそろえる
予定された練習の範囲で、通常A・変更B・変更B・通常Aの順に比べる方法があります。十分に回復してから次へ進み、疲労が強ければ比較を中止します。この順番も、慣れや疲労の影響を完全に消すものではありません。
5 通常の走りで再確認する
狙った区間の改善が普段のばらつきに埋もれていないか、その先の区間を損なっていないかを見ます。別の日にも再現するか、細かい指示がなくてもできるかまで確認して、継続するかを考えます。
設定を変えても記録がはっきり変わらないなら、いったん保留にして構えを戻す判断もできます。次は疲労や体力面など、別の候補を調べます。「効果がない選手」と決める必要はありません。どの条件で何を確かめたかを残せば、次の判断に使えます。
記録を次の相談につなげる
選手は「何を変えたか」「どう感じたか」「どの区間がどう変わったか」を短く残してみてください。保護者も「何秒だった?」に加えて、「今日は何を比べたの?」「次は何を確かめる?」と聞くと、取り組んだ内容を話しやすくなります。
スタートの課題を考えるときは、筋力も設定も、一つの候補として扱います。測り方をそろえ、区間を見て、次に試すことを絞る。その結果を確かめながら、本人に必要な練習へつなげていきましょう。痛みや強い疲労があるときは、比較よりも状態の確認を優先してください。
練習内容や感覚を残す方法は、Athlete Logの紹介でもまとめています。走る感覚と実際の力の違いは、前回の記事をご覧ください。
参考研究
Haugen TA, Tønnessen E, Seiler SK. 2012. The Difference Is in the Start: Impact of Timing and Start Procedure on Sprint Running Performance. Journal of Strength and Conditioning Research 26(2):473–479.
原著情報 / DOI 10.1519/JSC.0b013e318226030b
Colyer SL, Nagahara R, Salo AIT. 2018. Kinetic demands of sprinting shift across the acceleration phase: Novel analysis of entire force waveforms. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports 28(7):1784–1792.
原著情報 / DOI 10.1111/sms.13093
Cavedon V, Sandri M, Pirlo M, Petrone N, Zancanaro C, Milanese C. 2019. Anthropometry-driven block setting improves starting block performance in sprinters. PLOS ONE 14(3):e0213979.
原著情報 / DOI 10.1371/journal.pone.0213979
研究確認日 2026年10月5日。一般的な学習用の解説です。研究対象・測定条件には限りがあり、架空例と比較手順は個別選手への処方や効果を保証するものではありません。



